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「黄昏のビギン」な夜 [音楽]

『黄昏のビギン』という名の昭和ド真ん中の曲をご存知でしょうか。
元々は1959年に発売された、水原弘のシングルB面の曲だったんだそうです。
もしそれで終わっていれば、多くの人がこの曲に出会わず仕舞だったと思います。

それから30年以上経った1991年、ちあきなおみさんがカバーしてCMに使われた。
それ以降はもうご存知の通りでしょう。名だたる大御所から気鋭の若手まで、
実に20人近くもの歌手が次々にカバーし、増殖はまだ続いているようです。

ぼくもはじめて聴いたのは何かのCMだったようなおぼろげな記憶がありますが、
今や有名になったこの曲には、数々の興味深いエピソードがあるようです。

最初はクレジットの通り、六八コンビ(永六輔作詞、中村八大作曲)で出来上がり、
水原さんのシングルB面曲になる前に、当時流行の先端だったロカビリー映画の
挿入歌として、現在の詞とは違うものが一度だけ使われている・・・とか。

映画で使われた後、なぜか八大さんが詞を全面的に書き直しており、現在の曲は
名実ともに作詞作曲中村八大の作品なのだが、どういうわけか八大さんの意向で
六八コンビのクレジットのままで今日に至っている・・・とか。

いずれにせよ、見るからに絶世の美女っ!というわけでもないのに、何だか妙に
心の奥底を占領される、不思議な魅力に包まれた麗人の如しと申しましょうか。
ひとことでは極めて表現しづらい、なかなか味わい深い曲だと思います。

『黄昏のビギン』



ちょうど1週間前の先週の土曜、22日のことです。
昔の同僚であるN君主催、故にN君の名前が冠された会が催されました。
参加メンバーは総勢20人ぐらいだったでしょうか。

「従来は居酒屋で開催していたのだが、今回は小さなライブハウスでやりたい。
 ついては〇ちゃん(ぼくの名前)参加なら、是非とも弾き語りを披露してほしい」

・・と、誠にありがた~いご依頼だったのですが、今は右手の小指が痛いのです。
それゆえ練習もロクにできないので、今回は聴衆としてのみの参加となりました。
もし次回があれば、その時は・・(なんて思わせぶりなことは言わないの!笑)

N君は何を隠そう趣味のバンドマン、それも現役バリバリであります。
彼の知己によりライブハウスのオーナー夫人(音楽教室のピアノの先生)や
北九州を中心に活動されているミュージシャンなどがご好意で参加されており、
それぞれ数曲ずつを聴かせてくれました。
そんな中、突然出てきてびっくりさせられたのが・・・

♪『黄昏のビギン』
③感動しました「黄昏のビギン」.jpg
(小倉・門司で活動中のミュージシャン Acoustic Duo cocoMaicoさん)

この曲をナマ歌で、ぼくははじめて聴きました。
楽器の音と人間の声だけというのは、カラオケ歌唱とは明らかに一線を画します。
うわー、こりゃすごい!! そう感じた瞬間、背筋には大電流が流れました。

マイク乗りのいい女性ボーカル、何とも言えず素敵です。
昭和の情感と言うのか、落ち着きと言うのか、艶っぽさと言うのか。
そして、ある時はパーカッションのひと味まで出しつつ控え目にバックを務める
このギターワークとの絶妙なマッチングとも、当然、無縁ではありません。
さすがはアコースティック・デュオと名乗るだけのことはあります。

最後に当日の様子の断片を、記録として貼り付けたいと思います。
(IさんやSさんの熱演は撮り損ねてしまいました。誠に申し訳ございません)

やっぱり音楽はいいなあ。生ギターもいい。いやあ、酔いますねえ。
その上、まさかナマ歌の『黄昏のビギン』が聴けるとは思わなかった。
N君、最高の夜をありがとう♪

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■7/30/2017 追記
本文で書くつもりがコロッと忘れておりましたので追記します。
『黄昏のビギン』の“ビギン”について。
これね、“bigin” ではなく“biguine”なんです。
つい身体が動いてしまう(笑)、2拍子系のシンコペーションですね。
以下、日本大百科全書(ニッポニカ)の解説が分かりやすいので引用します。

(引用ここから)
ビギン
びぎん
beguine
カリブ海の西インド諸島に位置するマルティニーク島、グアドループ島
(現在ともにフランス領)に伝わる黒人系の舞曲。
軽快な2拍子で、後打ちのリズムに特色がある。またサクソフォーンなどの
管楽器も多用される。アメリカの作詞作曲家コール・ポーターのミュージカル
『ジュビリー』(1935初演)のなかで歌われる、ビギンのリズムを使用した曲
『ビギン・ザ・ビギン』Begin the Beguineが大ヒットしたことにより、
世界中に知られるようになった。
なお、1982年に同曲がスペイン人歌手のフリオ・イグレシアスJulio Iglesias
(1943― )によってリバイバルされ、ふたたびビギンが注目された。
[田井竜一]
(引用ここまで)
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①さすがです音楽教室先生の弾き語り.jpg②O君伴奏によるO君令嬢のsweet memories.jpg
さすがです音楽教室先生の弾き語り   O君伴奏によるO君令嬢のsweet memories

④A君による陶酔のJazzボーカル.jpg⑤音楽教室Rさんの飛び入り.jpg
A君による自己陶酔のJazzボーカル    音楽教室Rさんの飛び入り

⑥主催者N君、カッコ良すぎる現役バンドマン.jpg⑦最後はピアノも入って大盛り上がり.jpg
主催者N君、カッコいい現役バンドマン  最後はピアノも入って大盛り上がり

(於 西小倉 Kate Music Cafe)
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Salut d'amour [音楽]

お久しぶりでございます。
たまたま見かけた動画を聴いて、ちょっと驚きました。
アンコール用の小品とは言え、大家でも気取ることなくこういう曲を
チョイスすることがあるのか。粋だなあ、いなせだなァ。

それにしても、何てチャーミングな演奏なんでしょうか。
否が応でも年齢は感じてしまいますが、それ以上に感じる年輪。
いやァ参りますね、チャーミングにも程があるよ。

2年ほど前に89歳の天寿を全うされたアルド・チッコリーニさん。
これは天に召される3年ほど前の2011年12月10日、86歳の時に、
活動拠点だったパリの演奏会でアンコールに応えた時のものだそうです。
甚だ失礼ながら、こんなご高齢まで現役バリバリとはすごい!

さりゅー だむーる
この時期、アンコールには好んでこの曲をチョイスされていたとか。
まるでチッコリーニさんご自身のピアニスト人生に対する『愛の挨拶』は
かくあるべし、そう仰っているかのようです。



全編で5分16秒。
お時間がある方は是非見て、聴いていただきたいです。
貴兄の大切な5分強、この動画に託してみるのも一興ですよ。

出だしはかなりスローなテンポ。
最初の2小節でいきなり不安がよぎります。大丈夫なんだろうか?
だけどそんな不安を持ったことが、すぐに恥ずかしくなってしまう。
一音一音を優しく、あるいは噛みしめるような指使いに見えます。
そして何よりも、出てくる音の瑞々しいこと!
曲名に恥じぬ、これぞまさしく音楽に対する『愛の挨拶』。

どういうことなのか、具体的なことは何ひとつ分からないのですが、
全身に何だかこう、じわーっと音楽が沁み渡って行くのだけはよく分かる。
存在感というのか、充実感というのか、高揚感というのか。
この気持ちをうまく言葉に乗せられないのが実にもどかしい。
でも十分すぎるほど感じました、なんて素晴らしいものに接したんだろう。
ああ、本当に幸せだなあ。

さすがはアンコール、実演奏は3分40秒ぐらいしかありません。
全編5分強の内、終わりの1分半は万雷の拍手がまるでシャワーのようです。
胸がいっぱいになります。総立ちの皆さんの気持ち、本当によく分かる。
ぼくも思わず、PCの前で拍手してしまいました。
そんな気になるから不思議なモンだよねえ。

86歳になるまでに、ぼくならまだ20年以上の時間が残っています。
こんな風に背中が曲がっても、こんな風に足もとがおぼつかなくても、
ぼくもこんな風にピアノが弾きたい。
このごろ右手小指が痛くて遠ざかってるんですが、心からそう思いました。
チッコリーニさん、本当に本当にありがとう♪
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伊賀あゆみさんのリサイタルと光の街・博多 [音楽]

2012/11/22
一部追記しました。是非見て下さい!


1週間は日曜から始まるので、もう先週のことになります。
まず、14日(木)のお話です。
福岡が地元のピアニスト 伊賀あゆみさんのリサイタルに行って来ました。
会場は地下鉄 赤坂駅から徒歩5分程度の場所、立派なホールでした。
(ピアノはスタインウェイのフルコンD274)

IMGP1062r.JPG

彼女を知ったのは『ピアノスタイル』という隔月刊の音楽雑誌(後述)でした。
この雑誌には毎号、独自アレンジの楽譜と、模範演奏のCDが付属してました。
その演奏者のひとりだったのが伊賀さんでした。
ぼくは最初に聴いた時から伊賀さんのプレイスタイルが気に入っていたので、
伊賀さんの演奏曲は楽しみのひとつでした。

下の写真は当日のプログラムです。

IMGP1070r.JPG

今回の主目的は彼女の生演奏を聴くことだったので、曲目が何であれ
あまり関係ないことでしたが、さすがに『エリーゼのために』には驚きました。
彼女のようなプロのピアニストが、こういう曲をチョイスすることがあるのか?
正直言ってそう思ったことを白状します。
しかし、彼女は大真面目でした。頭が下がる思いがしました。


<追記2012/11/22>
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●●伊賀さんからメッセージをいただきました(抜粋)●●
福岡は昨年亡くなった父の故郷でもあり、1回忌ということもあり
地元で演奏したいという想いが膨らみました。
プログラムノートにも書きましたが、クラシックもほとんど聴かず
コンサートもほとんど訪れたことのない父が唯一好きだった曲が
「エリーゼのために」だったので、今回最初に取り上げたのでした。
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こんな逸話があったとは!
プログラムノートには「大切な人」と書いてあり、リサイタル当日も
同様のご紹介だったので、薄々ひょっとしたら・・・とは思いましたが。
伊賀さんの父上さまならば、ぼくとそう違わない年齢かもしれません。
そもそも伊賀さんからメッセージをいただけるなんて夢のようです。
こんなお話まで聞かせていただけるとは思ってもみませんでした。
もう、今まで以上にファンになっちゃったなあ。(ホントに)
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ところで彼女には旦那さんがいます。同業のピアニスト、山口雅敏さん。
youtubeには、ご夫妻での連弾イベントがたくさんアップされています。
今回、旦那さんである山口さんがリサイタルの黒子(進行役その他諸々のフォロー)
として精力的に活動しておられました。
上のプログラムノートも、ご夫妻で製作されたとのことです。
というわけでご紹介しましょう、山口雅敏さんです!^^

panelimg.jpg
※この写真は山口さんのブログより転載しています
※左の写真、左:伊賀あゆみさん、右:山口雅敏さん  右上の写真:リハーサル風景
 右下の写真:曲目紹介時に山口さんが使った資料写真

山口さん、決して喋りは流暢なほうではありませんでした。
が、しかし、喋りは上手くないほうが良いかもしれない・・・と彼を見てると思ってしまう。
そういう個性ですね、山口さんは。とてもいい人そうです。
リサイタル第1部、第2部では曲目紹介のナビゲータ役。
そしてアンコールでは、ご夫妻での連弾でした。
さすがに本職のピアニストになった山口さんは、さっきまでとは人が変わったようでした。
ソロも連弾も聴き応え十分、迫力満点、とても素晴らしい演奏で感動しました。
ご夫妻のHPは こちら


さて、次は16日(金)のお話。
18時から点灯式が行われるという。え? 何それ??
光の街・博多という2ヶ月間のイベントなんだそうです。

IMGP1079r.JPG

因みに上の写真、下のほうの黒い部分は全部人間さまですよ。
もう、どうしてこう福岡人はモノ好きが多いのか、呆れるほどである。(←お前もな^^;)
しかし何ですね、カウントダウンに合わせて、一斉に照明ONというのも気持ちがいいね。
最後のほうのスリー・ツー・ワン・・・の辺りは、一緒になってつぶやいてました。

ところで、この点灯式のゲストに、アンジェラ・アキさんがご登場でした。
夜+スポット照明+コンデジの望遠=こんな写真になります・・・の見本みたいな。(笑)

IMGP1085r.JPG

約10分しか聴いてませんが、アンジェラ・アキさん、トークが面白い人ですね。
最後の曲(『手紙』だったと思う)の出だしを間違えて
「あ、間違えた、今の無し。も1回ね、も1回!」
などとやってました。本当に間違えたのか、はたまた受け狙いだったのか?
真相やいかに??


というわけで、最後は昨日17日(土)の話です。
伊賀さんのご紹介のところで触れた、隔月刊の音楽雑誌『ピアノスタイル』の発売日が
間近になったので、内容確認のためにHPに行ったところ、目に入ったのはこれでした。
休刊!!(赤の矢印と、赤線の囲み。因みに伊賀さんの名前もあります~青線の囲み)

休刊案内2012_12.jpg

いやあ、驚きました。出版業界は本当に不況なんですねえ。
coregar さんのページでもオーディオ雑誌の休刊が伝えられてました。
特に、『ピアノスタイル』はいい雑誌だっただけに、本当に残念です。
でも、仕方ありませんね。


本日ご登場の伊賀あゆみさん、アンジェラ・アキさんには偶然にも共通点がありました。
それはともに1977年生まれだということです。
学生時代を終えてから、もう10年以上の歳月が流れているんですね。
お2人とも、しっかりと地に足をつけて自分の領域を確保されているように見えました。
いいですね、若い人たちは! つい頑張れ~!と言いたくなってしまいます。

最後に、77年生まれと言えば、もうひとりアイドルがいました!
そう、H市に衛生兵として赴任しているM君です!!
M君も前述の2人に負けないぐらい頑張っています。
3人とも頑張れ~!!
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秋三題 [音楽]

もう、秋ですね。
知らない間に、すっかり秋めいてまいりました。
というわけで秋を3つ、ピックアップしてみましたよ。
いやあ、どれもこれも大好きだなあ。^^;


1つ目は『思秋期』。
作曲:三木たかし、作詞:阿久悠、1977年(昭和52年)9月。
もちろん、岩崎宏美ちゃん。


(当初のものが削除されたため、差し替え。萩田光雄さんのversion)

次の『秋桜』とのリリース時期の差は、たった1ヶ月しかないんですね。
『秋桜』のほうが随分後だったような気がするんだけど、気のせいなんだなあ。
当時18歳だった宏美ちゃん、感極まってレコーディング出来なかったというのは、
この曲が取り上げられる度に語られる有名なひとコマですね。

それにしても、もう35年も前の曲になるんですかね、この作品。
いったいどうなってるんだろう。
もう少しゆっくり流れてくれませんかね、時間の神さま。


2つ目は『秋桜』です。
作曲作詞:さだまさし、1977年(昭和52年)10月。
本家はやっぱり、山口百恵ちゃん。
間違っちゃいけませんよ、作者のさだまさしはカバーですからね。



『思秋期』とのリリース時期の差は、たったの1ヶ月。
そして、『秋桜』リリース時の百恵ちゃんは、『思秋期』の宏美ちゃんと同じく18歳。
この両曲がこんなに近しい関係だったとは、当時はまったく考えなかったなあ。

しかし、どうしてこうも訴えかけて来るのでしょう?
山口百恵の魅力というか、得体の知れないキャパシティの大きさを感じるなあ。
それにしても、これも、もう35年なのかあ。うーむ。^^;


最後は少し気分を変えたくなりました、『秋色化粧』。
作曲作詞:上田知華、1981年(昭和56年)12月。
上田知華+KARYOBIN。


(当初のものが削除されたため、差し替え。2013/10/25)

上田知華さんは音大出身者にしては、極めて多芸多才。
上田知華という名前に聞き覚えが無くても、今井美樹の『瞳がほほえむから』や
『PIECE OF MY WISH』の作曲者と言えば分かり易いかもしれませんね。
ピアノ+弦楽四重奏というスタイルは、探してる音を求めていたら、いつの間にか
そういう形になったようで、決して押しつけられたものではなかったようです。

この人の才能は目を見張るばかり、本当に凄い。
はっきり言って、時代のほうがこの人の才能に付いて来れなかった印象が強い。
世に出るのが早すぎました。誠に悔やまれます。
しかし比較的新しいかと思ったのに、この曲でも30年前なのかあ。ふう。

やっと更新したかと思えば、こんなつまんない記事でスミマセン!
本当は若戸大橋50周年を書くつもりだったんですが、どこでどうなったのやら?
うーむ、実に謎である。(笑)


PS:
前記事にたくさんのコメント、本当にありがとうございます。
最後のほうは尻切れトンボになっており、お返しできておりません。
誠に申し訳ございません。m(__)m
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tamaちゃんのリサイタルによせて [音楽]

(おことわり)
これは、tamaちゃんとtamaちゃんファンに向けたメッセージです。
何?とお思いの諸兄は、どうぞスルーして下さいまし。


さて、いよいよ来週に迫ったtamaちゃんのリサイタル。
聴きに行けないのは誠に残念至極でありますが、オープニングがカッチーニの
アヴェ・マリアとは、さすがはtamaちゃんだなあと思いました。

このアリア、ちょいと余計な補足をすると、シューベルトやグノーのアヴェ・マリア
とは大きく趣きが異なっていて、歌詞はひたすら“アヴェ・マリア”の連呼です。
マリアさまを敬うあまり、“アヴェ・マリア”としか言えなかった・・・というわけかな?
(真相は少し違うようですが、敢えて触れないことにします!^^)

当日の模様は、いずれどなたかがレポートされるでしょうからそれを待つとして、
リサイタルに行けない可哀想な人のために、ひと足お先にぼくの独断と偏見で、
数多くの歌手の中からtamaちゃん似のひとりをチョイスしてみました。
行きたくても行けないそこのあなた、これで行った気になって下さ~い!^^

英ライトクラシカルのアイドル、先頃婚約を発表したキャサリン・ジェンキンス。
(バッハを模した分散和音で始まるイントロは、嬉しいことにYAMAHAです)
従来のソプラノとは一線を画す、型に嵌っていない大らかさが彼女の持ち味です。
老若男女、みんなに好かれる人間性とも相まって、この辺りはtamaちゃんにも
大いに通ずるものがあるんじゃないでしょうかね?
ぼくも大好きなひとりですけど。^^;

最後に、tamaちゃんへ。
リサイタルの開催、誠におめでとうございます!
当日までの体調の管理その他、本当に大変だろうと思います。
でも、そういう大変さを経験できる人はごくごく僅か。あなたは幸運です!!
当日はどうか悔いのないよう、力いっぱい歌って下さい。
リサイタルの成功を心よりお祈りしております!!



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2つの「さよならの言葉」 [音楽]

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「さよならの言葉」(作詞/作曲:小野香代子)という曲をご存知でしょうか?
一番メジャーな言い方をすると、八神純子のデビューアルバム「思い出は美しすぎて」の
クロージングナンバー(10曲目)・・・ということになるんじゃないかと思います。

'77年(昭和52年)5月。
第13回ヤマハポピュラーミュージックコンテスト(通称ポプコン)のグランプリ受賞曲が、
小野が自作自演したこの「さよならの言葉」だったそうです。
ポプコンと言えば、今はもう無くなってしまいましたが、一世を風靡しましたよね~。

ところがところが。
この受賞でメジャーデビューが約束されたも同然の小野、あろうことか、その権利をあっさり
と放棄し、英語教師を目指して渡米してしまったんだそうです。(CDライナーノートより)
結局、宙に浮いてしまったこのグランプリ曲は、その翌年、前述のとおり八神のデビュー
アルバムの中で蘇える(※)ことになるわけですが、もしも八神がカバーしてくれなければ、
恐らくぼくが知ることは無かったと思います。
(※実態はヤマハサイドの強い要望で選曲されたらしく、八神自身は乗り気じゃなかった?
 そりゃそうでしょうね。他にも自作の曲を多数持っていたらしいし、記念すべきデビュー
 アルバムに何でわざわざ後輩の曲を・・・。
 しかしヤマハにも、ポプコン主催者としての意地があったのでしょう。グランプリ曲を受賞者
 都合で世に出さないまま放置するわけには行かなかったのだと思います)

ぼくは八神純子が歌う同名の曲は大好きで、ほぼリアルタイムで知ってました。
だけど、八神=自作自演という固定観念があったし、ほとんど歌詞カードを見ることもなかった
から、長い間、小野の作品という認識はありませんでした。
きっかけは忘れましたが、作者が八神ではないと気づいたのは12,3年ぐらい前かなあ?
小野香代子ってどんな人だろう?・・・とは思ったけど、その頃、小野の情報はほとんど無い
ようでした。そしてそのまま時は流れ、いつものように忘却の彼方へ・・・(笑)

'09年7月。
幸運は突如として訪れます。小野情報(CD音源)にぶち当たったんですね。
(なぜ年月をちゃんと書けるか?ネット通販の購入履歴という強い味方があるからです!^^)
それと時を同じくして、youtubeに受賞直後のライブ映像がアップされていることも発見!
あり余る才能に恵まれながら、結局プロデビューしなかった彼女の映像は極めて貴重です。
30年以上も前の映像を、良くぞキッチリ残してくれていたものだと感謝するやら感心するやら。
また、残っていたとしても、youtubeの存在も大きいと思いますけどね。


(再度の差し替え。2016/11/27)

オリジナルはこんなにもボサノバ色が強いんですね。
一方、八神盤はポピュラーっぽい味付けだったんだなあと、今にして思いました。
わざわざ貼る必要もないと思うけど、成り行き上ということで。(笑)


(注:当初のページが削除されていたため、差し替えました。2013/04/20)

それにしても、甲乙つけ難い2つの「さよならの言葉」。
30年以上の時を経ても、まったく色褪せた印象がありません。恐るべき完成度の高さ。
と言うよりも、この世界はほとんど進歩がないのかも?(^^;

(文中、敬称略)
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HNの由来 [音楽]

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ぼくのハンドルネームは song4u=song for you。
別にシオノギ製薬とは何の関係もありません。(笑)
ところでこれ、本当は a song for you が正しい表記なんですね。

端的に言って由来は写真のアルバム、原曲は Leon Russell です。
レオンはものすごく変拍子な歌い方。何が何だかさっぱり分かりません。
それを最初に聴いていたら、決して好きにはならなかったと思いますが、
幸いなことに、ぼくが初めて聴いたのは Carpenters のカバーでした。

このアルバムは実に思い出深いです。
リリースは72年7月。大学に入った年の初夏ということになります。
パブロフの犬じゃありませんが、例えば“It's going to take some time”を聴くと、
いつも夏の夜が思い起こされます。見事な条件反射。
もう40年近く経ってると言うのに。

聴いた回数も飛びぬけて多く、買った枚数もダントツ。
今、手許にはCD2枚きりありませんが、LP時代に3枚買っています。
1枚は当時付き合っていた彼女にプレゼント、1枚は曲がってしまい廃棄。
そして1枚は実家の倉庫のダンボール箱の中でおネンネしています。
CDは手許の2枚のほかに、結婚式のプレゼント用に3枚(3人)ぐらい。
詳細は思い出せませんが、LPとCDで10枚ぐらい買ってると思います。
同じものをこんなに買ったのは、ほかにはありません。

ああ、色んなことが懐かしい。
今夜も気持ちよく酔っ払ってるからかなあ。
それとも、トシのせいかなあ。
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地上のスター、天国の星 [音楽]

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素敵なX'masプレゼントをもらいました。
一昨日23日夕のBS-hiの番組ですが、今日やっと観ることができました。
皆さんは、ご覧になりましたか?

タイトルは「BSベスト・オブ・ベスト」。
副題は「HV特集 伝説のミュージシャンたち~カーペンターズ」。
この番組、ぼくの記憶違いじゃなければ、5,6年前の再放送だと思います。


A STAR ON EARTH ‐ A STAR IN HEAVEN

ファンの間では有名すぎる言葉かもしれません。
カリフォルニアにあるカーペンター家の墓に、カレンの安らかな眠りに
添える言葉として刻まれている、簡潔にして愛情溢れる墓銘です。
5,6年前にこの番組を観た時、その結びに使われたこのフレーズに触れ、
ぼくは初めてこの言葉の存在を知りました。

Karen Carpenter

ぼくの人生の中で、恐らく最も多くの歌声を聴いたシンガーです。
ぼくと同世代の方だったら、一度も名前を聞いたことがないという人は
ほとんどおられないのではないでしょうか?
50年生まれの彼女が亡くなったのは83年。もう27年も前の話なのかあ。
本当に光陰矢の如しだなあ。

ぼくが彼女の歌声を知ったのは71年、高校3年の梅雨時期でした。
FM大好き少年だったぼくは、いつものようにFM福岡を聴いていました。
詳しい番組名は忘れてしまいましたが、当時の日立のオーディオブランド
であった「パディスコ」提供の土曜日午後の番組。
そこで流れたのが彼らの3枚目のシングル「愛のプレリュード」でした。

まず、出だしの分散和音に乗るクラリネットに痺れました。
だけどそれ以上に痺れさせたのが、カレンの哀愁を帯びた歌声です。
グラミー賞にも輝いた“Close to you”のリリースからは既に1年近くが
経ってましたが、日本での彼らの扱いが小さかったんだと思います。

それからは“大ファン”と言っていいプロセスを辿りました。
74年だったかな、九電体育館に来てくれたのが輪をかけた気がします。
少なくとも70年代の半分以上は、カレンの歌声があったと思うなあ。
だけど80年代に入ると、あんなに好きだった歌声もほとんど聴くことは
なくなってました。

柴田祐規子アナが読む、番組最後のこのフレーズ。
何だかわけもなく、胸に熱いものが込み上げて来ます。
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土曜日の夜 [音楽]

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金曜の夜と土曜の夜。
さて、リラックス度が高いのは、どっち?
金曜の夜も、確かにリラックス度は低くない。
だけど部分的には、どこかにまだ仕事を引きずってる所が無きにしも非ずだと思う。
ところが土曜の夜はどうでしょう? これはもう、120%完璧なるプライベートタイムなのである。
というわけで、やっぱり土曜の夜に軍配を上げざるを得ないなあ。(ぼくの場合ね)

だから土曜の夜は、次の日に予定が無ければ、とことん呑みたいって気になったりします。
日曜の夜ってことになると、心構え的には、翌日以降のために戦闘準備に入る必要もあるし、
思いっ切り呑みに没頭できない所があるのに比べて、土曜の夜は何たってお気楽度200%。
特に最近は、何だかとても酒が旨いから、より一層その傾向が強い。
どうしてだか、原因は皆目見当がつかないんですけどね。

酒が旨いってのは、端的に健康的な証でもあると思います。
これは近来稀に見る実に素晴らしいことだ、と密かに思ってるんですけどね。
で、酒と言えば、ツマミが極めて重要なセグメント。当然ながら各種取り揃えておりますが、
その中でも、今夜の極上のツマミと言えばこれです。

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グールドの、ベートーベンの2つのバガテル(作品33&126)です。
レコードは持ってる(九州の実家に)んですが、最近までCDはリリースされてなかったと思います。
ところが、偶然にもYouTubeにアップされてるのを見つけて探したら、’07年に出てました。
瞬間的に、これは神さまの思し召しだと思いましたね。無宗教なくせして。(^^ゞ

このレコードに出会ったのは、今を去ること30数年前。確か、70年代の中盤頃じゃないかなあ。
エキセントリックで有名だったグールドが、自分の楽しみのために弾いているように感じました。
その時のファーストインプレッションは、30数年経った今でもまったく変わらないなあ。

グールドは誰のためにも弾いていないと思う。これは絶対、自分のため以外の何物でもないね。
そういう意味では、ベートーベンがこれを書いた時の心境とかなり似てると思う。
だからこそ、すごく自由で、すごくお茶目で、すごく魅力的に聴こえるのだと思います。
モーツァルトをあんな馬鹿みたいに弾かなければ、グールドは大好きだったのになあ。
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70年代のミュージックシーン [音楽]

ぼくにとって好みの音楽の原点となっているのは、60年代後半から70年代の
ミュージシャンたちが作った音楽だと思う。年齢で言うと10代から20代になるんだけど、
その頃の音楽には本当に素晴らしいものが多かった気がします。
いや、別に、今の音楽が下らないものが多いってわけじゃござんせんので。

よく言われるビートルズ世代からは、ちょっとだけ外れてます。
物心ついた時には、ビートルズは終わりかけてた、そんな感じだったと思います。
赤く透けるレコードをよく聴いてたけど、さすがのビートルズも少しヨタり始めてたと言えば
言いすぎかなあ、新鮮さは次第に薄れて来てて、メンバーのエゴと才能の方向性が完全に
乖離しながらも、かろうじてバランスが取れてたようでした。

ぼくは、ビートルズが活躍中は、ポールの才能がビートルズの過半数だと思ってたけど、
解散後の姿を見るとそれは間違いで、ビートルズのパフォーマンスはやっぱりメンバー
全員の総合力だったことを思い知りました。

ビートルズの後は誰だったかな?
メジャーなところでは、サイモン&ガーファンクル? カーペンターズ?
20歳になったかならないかの頃、ぼくはあろうことか、クラシックの世界へ足を踏み入れました。
そのきっかけを作ったのは、友人から借りたユージン・オーマンディとフィラデルフィア・オケの
オムニバスアルバム。どういう曲目だったか詳しいことは忘れてしまいましたが、モルダウとか
アイネ・クライネなどをごった煮にしたそのアルバムを、飽きもせずに来る日も来る日も聴いていた
記憶があります。

学校の音楽の時間に聴いたはずの曲目が、自分の意思で選ぶというたったそれだけのことによって、
全然違うものに聴こえる。非常に不思議な現象ですが、これは間違いなく事実なんですね。
それまで「キーキー」としか聴こえなかったバイオリンの音が、優雅に美しく新鮮に聴こえる。
妹が習ってたけど、うるさいだけだと思ってたピアノの音色が心の中に染み渡る。
一体どうしたことか? ぼくに何が起こったの??

あ、70年代のミュージックシーンってタイトルだったのに、いつの間にか全然違う話になってますね。
いかんなあ。酔いが回ってきたので、また書き直すことにします。
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